本当はこのまま閉鎖しようと思っていたのですが、
書きたいことが出てきましたので、臨時にこちらを復活させて記事をアップすることにしました。
ここでの話は「みみずくからの伝言」での、とらこさんとシンシンさんとの議論に興味を引かれたところから始まっていますので、そちらをお読みいただいてからのほうが話が見えやすいかもしれません。
(なお、正確にはこの議論は、さらに前の「デザイン夜話」から始まっています。)
まず議論のテーマですが、
最終的には以下のシンシンさんのコメントに要約されると思います。
>思慮が足りず、理由を深く考えることなく、「属せない」。そういう選択を多くしてしまう人がいる。それに伴う生き難さを感じても、自分の責任とは考えない人がいる。社会に対して疎外感を感じ、自己責任を社会に転嫁する傾向がある。そういう人の存在は批判されるべきではないのか。
・・・そして私も基本的にシンシンさんと同じ問題意識を持っています。
議論の経過ですが、
「属せない」の定義とは?「説明できない」ことは「自覚がない」と同じ?などの細部の確認の末に、シンシンさんは、とらこさんのご意見を以下のように要約しています。(同じコメント内です)
>熟慮の上で、理由は必ずしも説明できないのだけれども、「属せない」。そういう選択を多くしてしまう人がいる。それに伴う生き難さを感じても、それを受け入れて生きていく人がいる。自立した生活を営む能力を持ち、社会的に無責任というわけではない。そういう人の存在は尊重されるべきではないのか。
そして両者を併記した上で、以下のようにまとめていらっしゃいます。
>ここで重要なのは、両論が共存し得る、ということです。「属せない人」の定義、あるいはどちらが社会でメジャーな存在であるか、などの観点からは議論になりますが、一方を完全否定することに意味はありません。そうはお考えになりませんか?
・・・このコメントにとらこさんは同意され、一応の決着を見た形にはなっているのですが、
私は「属せない人」についてもう少し深く考えてみたいと思ったのです。
(「こんな人がいる、一方でそうでない人もいる」という結論は、ほとんどの事象について当てはまってしまうでしょう。ある意味「多様な価値観を尊重しましょう」と同じで、議論の結論としては何も言っていないに等しいのでは、という物足りなさを感じましたので。)
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コメント
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No:595 2008/09/19 18:12 | #[ 編集 ]
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No:600 2008/09/21 13:33 | #[ 編集 ]
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No:601 2008/09/23 11:35 | #[ 編集 ]
コメントありがとうございます
1stカギコメさん、
スミマセン、またお返事を別エントリに書いてしまいました・・・^^;そちらをご覧下さいm(_ _)m
2nd,3rdカギコメさん、
ああ、そうなんですね!何と申し上げればよいか・・・いつもありがとうございます。
「無能な味方が足を引っ張る」みたいな現象を(残念ながら)見ることもありますが、私はいつもその逆、「強力な味方」に助けられているなぁと感じることが多いです。
おかげでまた少し冷静に議論を続けることができそうです。ありがとうございます。
No:604 2008/09/26 23:28 | Light #ffrl57rcURL[ 編集 ]
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No:605 2008/09/27 12:08 | #[ 編集 ]
カギコメさん、
レスが遅くなってすみません!
最近つくづく思うのですが、
「自分の正しさを証明する」ことに重点が置かれると、「自分を省みる」ことができなくなる・・・
「自分を省みる」ことができないと、騒動が起こった場合、なかなかおさまらない。
・・・そういうことなんだな、と思います。
そういえば、企業などでも
問題がややこしくなるのは「クレームが発生した」という事案そのものよりも、「クレームへの対応を誤った」という場合のほうが圧倒的ですね。・・・
No:606 2008/10/10 16:44 | Light #ffrl57rcURL[ 編集 ]
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